個人事業主の法人化タイミング|所得と消費税の2つの分岐点

売上が伸びてきて法人化を勧められるが、本当に今なのか判断できない。所得いくらから得になるのかも、社会保険や決算の手間がどれだけ増えるのかも見えていない。勧める人によって言うことが違う。
判断の軸は二つです。一つは所得税の累進税率が法人税率を上回るところ、目安は課税所得800万円前後。もう一つは消費税の納税義務が発生する前に法人を作れるかどうかです。この二つを自分の数字に当てはめて、増える維持コストと比べます。
この記事でわかること
- 所得税と法人税の税率がどこで逆転するか
- 消費税の納税義務という第二の分岐点
- 法人化で増えるコストの内訳
- 役員報酬の決め方が結果を左右する理由
- 社会保険の負担がどれだけ増えるか
- 設立する時期の決め方
税率が逆転する分岐点

いちばん語られる論点です。ただし単純な税率比較では答えが出ません。
所得税は7段階の累進
個人の所得税は課税所得が増えるほど税率が上がる超過累進です。
5%から45%まで7段階あり、課税所得330万円で20%、695万円で23%、900万円で33%の帯に入ります。住民税の所得割をおおむね10%として加えると、900万円の帯では43%に達します。
所得が伸びるほど、次の1円にかかる税率が高くなっていきます。ここが法人との比較の起点です。
法人税は基本的に2段階
資本金1億円以下の法人なら、年800万円以下の所得は15%、超える部分は23.2%です。
これに地方法人税と法人住民税、法人事業税が乗ります。中小企業の実効税率はおおむね25%から34%程度の範囲になります。
所得が大きくなっても税率が跳ね上がることはありません。ここが累進課税との決定的な違いです。
目安は課税所得800万円前後
この二つを重ねると、課税所得800万円あたりで法人が有利に傾き始めます。
ただしこれは税率だけを見た数字です。法人化すると役員報酬に給与所得控除が使え、社会保険料が増え、維持コストもかかります。
800万円という数字は入口の目安であって、そこを超えたら必ず得になるわけではありません。総額で比べる必要があります。
| 区分 | 税率 |
|---|---|
| 個人:課税所得330万円超695万円以下 | 所得税20% |
| 個人:課税所得695万円超900万円以下 | 所得税23% |
| 個人:課税所得900万円超1,800万円以下 | 所得税33% |
| 法人:年800万円以下の所得 | 法人税15% |
| 法人:年800万円超の所得 | 法人税23.2% |
800万円という数字は入口の目安であって、そこを超えたら必ず得になるわけではありません。総額で比べる必要があります。
所得税(超過累進税率)と復興特別所得税(基準所得税額の2.1%)に、住民税の所得割を一律10%として加えた概算です。法人側は法人税と地方法人税、法人住民税、法人事業税を含む実効税率のおおよその水準で比較しています。実際の負担は所得控除や自治体、事業の規模で変わります。
消費税という第二の分岐点

所得の話より先に効くことがあるのがこちらです。タイミングを外すと取り返せません。
基準期間の課税売上高で判定する
消費税は基準期間の課税売上高が1,000万円以下なら納税義務が免除されます。
個人事業者の基準期間は前々年、法人は前々事業年度です。売上が1,000万円を超えた年の2年後から納税義務が発生します。
特定期間の課税売上高が1,000万円を超える場合も対象になります。この判定は給与等支払額の合計で行うこともできます。
新設法人は原則2期免税になる
新しく法人を作ると設立1期目と2期目には基準期間がありません。
そのため原則として納税義務が免除されます。個人で1,000万円を超えた売上が法人に引き継がれても、法人としては新規の判定になります。
ただし設立時の資本金が1,000万円以上だと免除されません。この点だけは設立前に必ず確認してください。
インボイス登録をすると免税は消える
インボイス発行事業者に登録すれば、売上規模にかかわらず課税事業者になります。
取引先が課税事業者ばかりなら、登録しないという選択が難しい場合があります。免税期間を活かせるかは取引先の顔ぶれ次第です。
登録するつもりなら、法人化のタイミングを消費税で決める意味は薄くなります。所得の側で判断してください。
登録するつもりなら、法人化のタイミングを消費税で決める意味は薄くなります。所得の側で判断してください。
資本金を1,000万円以上にすると設立1期目から課税事業者になります。免税期間を意識するなら、資本金は1,000万円未満に設定してください。
役員報酬の決め方で結果が変わる

法人化の効果は、利益をどう分けるかで決まります。ここが設計の中心です。
給与所得控除が使えるようになる
役員報酬は給与なので、個人側で給与所得控除を差し引けるようになります。
個人事業では事業所得に対して青色申告特別控除65万円しか使えませんが、役員報酬なら金額に応じた給与所得控除が使えます。
法人側では役員報酬が損金になります。同じ利益でも、控除を二重に使える形になるのが法人化の実質的な効果です。
報酬は期首から3か月以内に決める
定期同額給与にするには、事業年度開始から3か月以内に金額を決めて動かさないことが必要です。
期の途中で増額すると、増えた部分が損金になりません。利益が読みにくい事業では、この制約が重くなります。
年間の利益を見通して、法人に残す額と個人に出す額の配分を先に決める必要があります。
法人に残しすぎても意味がない
報酬を抑えて法人に利益を残すと、その利益には法人税がかかったうえで社内に留まります。
最終的に個人へ移すときには、配当なら二重課税、退職金なら退職所得として課税されます。出口まで含めて設計してください。
役員退職金は退職所得控除と2分の1課税が使えるため、長期の出口としては有力です。ただし勤続年数が必要になります。
| 項目 | 個人事業 | 法人 |
|---|---|---|
| 経営者の取り分 | 事業所得 | 役員報酬(給与所得) |
| 使える控除 | 青色申告特別控除65万円 | 給与所得控除 |
| 法人側の扱い | なし | 役員報酬は損金 |
| 金額の変更 | いつでも可 | 期首から3か月以内 |
社会保険の負担が増える

税金だけを見ていると見落とす部分です。金額としてはここがいちばん大きいこともあります。
法人は社会保険が強制加入
役員が一人でも、法人は健康保険と厚生年金への加入が義務です。
個人事業では国民健康保険と国民年金でしたが、法人になると報酬額に応じた保険料がかかります。
しかも会社負担分と個人負担分の両方を、実質的には自分で払うことになります。負担は単純に倍と考えてください。
報酬が高いほど保険料も上がる
厚生年金保険料は標準報酬月額に応じて決まり、上限まで上がり続けます。
役員報酬を高くすれば所得税は給与所得控除で抑えられますが、社会保険料は増えます。この二つは逆方向に動きます。
報酬額を決めるときは、税金と社会保険料の合計で最小になる点を探すことになります。
将来の年金は増える
負担が増える代わりに、厚生年金に加入すれば将来の年金額は増えます。
国民年金だけの場合と比べて上乗せがあります。純粋なコストではなく、一部は将来の受給として戻ってきます。
傷病手当金や出産手当金など、健康保険の給付も国民健康保険より手厚くなります。
社会保険料は法人化で確実に増える固定費です。税金の削減額だけで判断すると、実際には手取りが減ることがあります。
法人化で増える維持コスト

設立の費用より、毎年かかるほうが効いてきます。先に把握しておきます。
設立には登録免許税と定款の費用
株式会社なら登録免許税と定款認証の費用がかかります。
合同会社にすればこの費用は抑えられます。事業の性格上、対外的な信用が重要でなければ選択肢になります。
設立自体は一度きりの費用です。判断を左右するほどの金額にはなりません。
赤字でも法人住民税の均等割がかかる
利益が出ていなくても、法人住民税の均等割は毎年発生します。
資本金と従業員数で決まり、最小規模でも年7万円程度です。個人事業なら赤字の年に住民税はかかりません。
所得が不安定な事業では、この固定費が効いてきます。
税理士報酬と決算の手間が増える
法人の申告は複雑なので、税理士に依頼するのが実務上ほぼ前提になります。
個人の確定申告を自分でやっていた人でも、法人税の申告書を自力で作るのは現実的ではありません。年間で数十万円の報酬が発生します。
社会保険の手続きや年末調整も加わります。事務負担は確実に増えると考えてください。
| 費用 | タイミング | 目安 |
|---|---|---|
| 登録免許税・定款認証 | 設立時 | 一度きり |
| 法人住民税の均等割 | 毎年 | 赤字でも発生 |
| 税理士報酬 | 毎年 | 個人より高くなる |
| 社会保険料 | 毎月 | 報酬に応じて増える |
節税額から、均等割と税理士報酬の増加分、社会保険料の増加分を差し引いた後の金額で判断してください。税額だけの比較では答えが出ません。
税金以外の理由で決まることもある

数字が拮抗していても、事業の都合で決まる場面があります。
取引先の要件になっている
業種によっては法人でなければ取引できないという条件があります。
大手との継続取引や、入札への参加でこの条件が出てきます。この場合、税負担の計算より先に法人化が決まります。
見込みがあるなら、要件を満たすタイミングから逆算して設立時期を決めます。
融資や採用で見え方が変わる
金融機関からの借入や人の採用では、法人のほうが選択肢が広がる場面があります。
決算書の形式が整い、社会保険が完備されることで、応募者から見た安心感も変わります。
事業を拡大していく前提なら、税負担が拮抗している段階でも法人化する意味はあります。
責任の範囲を分ける
法人にすると、事業上の債務と個人の財産が原則として分かれます。
ただし中小企業では代表者が個人保証を求められることが多く、実質的な効果は限定的です。過度に期待しないでください。
契約上のリスクが大きい業種では、それでも意味のある違いになります。
設立する時期の決め方

いつ作るかで、免税期間の長さも初年度の負担も変わります。
事業年度は繁忙期を避けて設定する
法人は事業年度を自由に決められます。
決算作業と繁忙期が重なると、どちらも手が回りません。売上が落ち着く月の翌月を期首にするのが実務的です。
在庫を持つ事業なら、棚卸のしやすい時期を期末にするという考え方もあります。
免税期間を長く取る
設立日を工夫すれば、1期目をほぼ12か月確保できます。
設立日から最初の期末までが短いと、1期目の免税期間もその分短くなります。設立日の直前の月を期末にすると1期目が最長になります。
消費税の免税を活かすなら、この設計を先にしてください。
個人事業の廃業手続きも忘れない
法人化したら、個人事業の廃業届と青色申告の取りやめ届を出します。
廃業した年の分は個人として確定申告が必要です。法人へ引き継ぐ資産の扱いも整理しておきます。
在庫や固定資産を法人へ移すときは、売買か現物出資かで処理が変わります。事前に決めておいてください。
判断を間違えやすいところ

勧められて決めた結果、手取りが減ることがあります。よくある型を挙げます。
税率だけを比べている
所得税45%と法人税23.2%を並べて、差額がそのまま浮くと考えるのは誤りです。
法人に残した利益を個人へ移すときに、もう一度課税されます。社会保険料と維持コストも差し引く必要があります。
比べるべきは、手元に残る金額です。税率ではありません。
所得が一時的に増えただけ
たまたま大きな案件があった年に、その所得水準が続く前提で判断するのは危険です。
法人は作ってしまうと簡単には戻せません。均等割と税理士報酬は毎年かかり続けます。
3年程度の平均で見て、その水準が続く見込みがあるかを確認してください。
生活費とのバランスを見ていない
法人の資金は自由に引き出せるお金ではありません。
役員報酬として決めた額しか受け取れず、途中で増やすと損金になりません。生活費が読みにくいうちは慎重に考えてください。
会社から個人への貸付という形は取れますが、利息の計上が必要になり、税務上も目を引きます。
法人化は元に戻すのが難しい選択です。3年程度の見通しと、増える固定費に耐えられるかを先に確認してください。
個人事業主の法人化に関するよくある質問

実務へ落とし込むときに、相談として多く寄せられる論点をまとめます。
所得がいくらになったら法人化すべきですか?
税率だけなら課税所得800万円前後が目安です。
税率だけで見れば課税所得800万円前後が目安です。ただし社会保険料の増加と、法人住民税の均等割や税理士報酬といった固定費を差し引いた後の手取りで判断する必要があります。所得水準が3年程度続く見込みかも確認してください。
消費税の免税期間はどのくらい取れますか?
新設法人は原則2期が免税になります。
新設法人は基準期間がないため、原則として設立1期目と2期目が免税になります。ただし設立時の資本金が1,000万円以上だと免除されません。インボイス発行事業者に登録した場合も、売上規模にかかわらず課税事業者になります。
合同会社と株式会社はどちらがいいですか?
税務上の扱いはどちらも同じです。
設立費用は合同会社のほうが安く済みます。税務上の扱いは同じです。対外的な信用や将来の資金調達を重視するなら株式会社、費用を抑えたいなら合同会社という選び方になります。後から株式会社へ変更することもできます。
法人化すると手取りは必ず増えますか?
社会保険料と固定費を差し引いた後で比べます。
増えるとは限りません。社会保険料は法人化で確実に増え、法人住民税の均等割は赤字でもかかります。税理士報酬も上がります。これらを差し引いた後に残る金額で比べないと、税金は減ったのに手取りが減るということが起きます。
役員報酬は途中で変えられますか?
変更は事業年度開始から3か月以内が原則です。
原則として事業年度開始から3か月以内に決め、その後は同額を支払い続けます。期の途中で増額すると増えた部分が損金になりません。業績の悪化など一定の事情がある場合の減額は認められますが、自由に動かせるものではありません。
個人事業はいつ廃業すればいいですか?
法人へ移した時点で廃業届と取りやめ届を出します。
法人へ事業を移した時点で廃業届を出します。青色申告の取りやめ届も必要です。廃業した年の分は個人として確定申告します。在庫や固定資産を法人へ移す場合は、売買か現物出資かを事前に決めて処理してください。



